インスタント
文字会インスタントとは
お題を含め短い文章で書くこと。
ツバメ
ぐっと空気が重く感じる。低く飛ぶツバメが雨を知らせてくれる。ズキズキと頭が痛く感じ、あぁこれがなんとかの犬かと、ご飯を食べ終わったあとに残った水で頭痛薬を飲み込む。低気圧とやらの所為で、記念日を明日に控えた気持ちさえも憂鬱になる。ゆっくりと立ち上がると重い足取りで花屋へ向かう。 touhukan
春の空にツバメが翼を鋭く広げて飛んだ。鮮やかな若葉の木に羽を休めた鳥の背は青みがかって黒く艶めいている。その色の鮮やかさ、滑空して燕尾を風に靡かせる形を空に見ると、桜の盛がいよいよお終いだと言われているようで苦しかった。美しい夏鳥に、晩春が押しやられているように感じて苦しかった。 usan
ひと雨降るな。低く飛ぶツバメが横切って行った。母は低く飛ぶ時は雨が降ると祖母から教えてもらったそうだ。浅学の私も倣っている。何故なのかよりも母から子へ、子からそのまた子どもへ受け継がれていく知恵に続いてきたという実感と記憶も朧気な祖母の気配を感じ、懐かしさで胸がいっぱいになった。 suzuki
傘
豪雨の中傘を放り投げ何度躓きながら何かあるわけでもなくただ前へと前へと走っていた。 touhukan
竹骨に藍染めを張った傘を持ち歩くのも慣れたものだと、今夏で何度目だか数え止めてしまった狐の嫁入りを藍染の露先から見上げて、青天に白くきらめく雨粒に眩しんだ。usan
苔色の三日月
星が最後の命を燃やし煌めく様に、苔色の三日月の周りをぱちぱち泡が弾け空に浮かんだ月がゆっくりと滲んで逝く。 touhukan
向こうの山も眠気を残す窓辺の机でソーダ硝子のティーポットが朝日を吸い込んで、まんまるとした腹の中で氷と茶葉が光を外へ乱反射させながら底に静かな苔色の三日月の光輪を落としている。usan
潜在的狂気
あぁ、つらいつらい。くらくらする、気持ち悪い何か悪い物でも食べたか、さっきから吐き気と眩暈が止まらない。黄色の線の向こうでは早送りのように電車が流れていく、ざわざわとなる人の音さえ五月蠅いもう限界も近い、ぽんと誰かに押された気がした。楽にしてあげる。君の笑顔に潜在的狂気が見えた。 touhukan
理性は潜在的狂気という本性を行儀よく飾るただの品であって、それ自体に中身などない。花の香に酔いしれ、月に見惚れ、風に待ちぼうけて恋に死ねる。そんな人間というわが身のどこに正気を信じられようか。何度、そう理性を以って戒めようとも落涙はとどまらない。なればやはり、人に理などないのだ。usan
向日葵
ちりりんとかわいい音が、夏を感じさせる。まだ朝霧の中太陽が眠そうに瞬きをしている。時期にしては冷ややかな風がさわさわと髪をなで、すこしくすぐったく感じる。裏にある山から鳥達の声も聞こえてくる、幸せとはまさにこのことだろう、ぱっと目の前が明るくなった、遠くまで広がる一面の向日葵畑。 touhukan
相生いする季節と来て行く花はその只中で想う時ほど惜しいものはない。だのに今、行く桜が惜しいばかりに、来る向日葵の思い出される鮮やかさが憎い。眼を慈しむ曙の空を見慣れるほど、深く高い空が悪い。夏が来ればまた今を慕うというに、人は季節に恋をしているのではなく、今にばかり恋をしている。usan
散る
がっと何かに掴まれた気がした。強めの風が横に凪、眼前は桜色で埋め尽くされる。言葉など出ない、言葉などでは表せない、桜散る向こうの君に手を伸ばしたけれども、どこにも届かなかった。風と共にどこか遠くまで流されていった。すこし夏を覚えた緑だけが残され、すこし寂しそうに涼しい風が吹いた。touhukan
目には見えずとも確かにあったものは今しがた死んでしまった。文字通り寝る間も惜しんで完成させようとした。かたちのないものを形にしようとした実物は全くもって意味の無いガラクタになってしまったのだ 産み出される前に不要となった産業廃棄物を前に 花が散るような切なさと刹那さに少しだけ泣いた suzuki
この花咲くやと謳う歌を信じてはいけないのだ。人が花を愛でるのは、去るを想って惜しむからこそだというのに、咲くばかりを祝う群衆どもは何もしらないまま。この花散るを憧れるゆえに人は心をその落ちる花びらに面差してまぶたの裏に追うのだ。誰かにも何も言わず、一人黙してこそ花は歌われるから。 usan
悪夢
きっとそう、これは悪夢なのだろう。甘いモノは嫌いではない、だが手にあるのは想像を超える甘いモノだ、しかも好意で渡されたもの、無碍にすることもできず、ただただじっとそれを眺めるしかできなかった。何かを問われればたじたじと言い訳を並べ、如何にしてこの場を逃れられるかばかり考えている。 touhukan
ちらちらと光を受けて舞い散る花びらは抵抗すること無く地面に落ちる。その様は現実を忘れる程愛おしい。ただ足元を見やれば無惨に踏まれ見る影もない残骸が残る。一瞬の賞賛、魅了はまるで悪夢だ。その一瞬に綻び現実を忘れる自分もまた悪夢の中なのだろう。こんな悪夢なら永遠に続いて欲しいと思う。 suzuki
子守唄で藤の下で眠ってはならぬと教えられたその穏やかな歌声を思い出してこそ、うかつに昼寝などしてした。ちらちら揺れて光を砕く、我が庭の棚にはないはずの美しい白藤の傘の下でただ微睡んでいる胡蝶の夢。気持ちよく酔っているばかりのようなのに、だんだんと波が迫って来る。白い悪夢を、見た。 usan
ハロウィン
街は今、人々で溢れている。所謂ハロウィンってやつだ。理性を失った塊はあちこちで五月蠅く声を荒げ、本来の意味も知らないような輩達がただ快楽だけを求め声を上げている様は、滑稽だ。だがこれも時代であり風情というものなのだろうか、飲み込もうとした言葉をもう一度吐き出す、風情ではない、と。touhukan
庭木の実が赤く、丸々と太ってきたら、とっておきの輸入品かぼちゃでパイを焼く。箪笥の服ももう二周はしたから、今年は海外で流行っている新しい人外の仮装をする。うちの土地のかぼちゃは見た目ばっかりでジャック・オ・ランタンになる以外脳がないし、魔女のバリエーションだってもうないんだから! usan
そこらから怪しさを楽しむような軽快な音楽が聞こえてくる。いつもは人しか居ないはずの街中に小さな怪獣や魔女たちが来るのだ。年に一度の住人が欲しがるのはもちろんお菓子。トリックオアトリート、合言葉を唱えたら小さなカゴいっぱいにお菓子を詰め込んでやろう。次の年もその次の年もいつまでも。 suzuki
薄桃
高めの棚に目的の本がある、背伸びをして指先をぴんと伸ばす、それに被さる様に誰かの手が触れた。自分よりも丈が大きい彼は頬を薄桃色に染めながら、ぶっきらぼうに本を押し付けるとどこかへと行ってしまった。さて、どうしたものやら。これはきっとまだ恋と呼べるものではなくそこまで満たない感情。 touhukan
言えよ、そう口に出してしまえば何かが終わる気がする。じれったい関係性は言葉にするとなんてことは無いが吐いてしまえば簡単に壊れるのだろう。なんとしても避けたい、ガラスよりも脆い俺のハートを砕く勇気は出ない。それでも薄桃色の唇に視線が向くのは許して欲しい。俺は結局のところヘタレです。 suzuki
連綿とした春驟雨が明けた後、後腐れなく晴れた水色の昼は帽子がほしい程だった。汗ばんで淡桃に染めた白い頬を涼しく伸びた指先が陰に降ろす。もうすぐゆきゆく春を匂わせる雨の名残が黒髪と共に焼き付いたのを認む。もうすぐゆきゆく春のわが春。けれどいっそう鮮やかに咲う君を、夏の僕は知らない。usan
喉に
ちくちくと空気が痛い、喉に突き刺さるような痛みはどこからくるのか、もうわかっている。彼女は僕の目の奥を覗きこむようにじっと僕を見つめている。この痛みは別に、嫌いではない、芯の方まで見られているような視線に、ごくりと唾を飲み込む、きっともう逃れられないのだろう。瞬きすら許されない。 touhukan
あー!話したくない!いや、厳密に言うと声を出したくないのだ。風邪を引いたのは1週間も前なのに声を出そうとすればまだいるぞ、と言わんばかりに存在を主張してくる。一体誰の身体だと思っているんだ、家賃払え。住人かのようにいる異物は鬱陶しくてしょうがないがもうしばらくお酒は控えなきゃなあ suzuki
いつの間にか向日葵の種でも飲み込んでしまっていたのだろうか。君の笑みや目を浴びせられるほどすくすく育って、ある日喉に蕾がつっかえた。詰まった言葉に己の首を掌で覆い自覚した時にはもう膨らみを止められず、知って口を塞いだ。知っている、これは恋だ。咲いてくれるな、太陽に恋をしたなどと。 usan