第20回 啓蟄の章
2021年03月29日
お題:蓮蕾、逃げ水、ティッシュ
貧窮と言うには健気さの足りない有様に目を覆う。
「ティッシュが足りない」
ミーティングで告げられたのはそんな馬鹿げた、三文小説じみた、悪夢のような......。
ティッシュは勿論ペーパーの事ではない。人間の生体組織という、このラボに必要不可欠な物資だ。通常はきちんと在庫が管理されている研究の基本素材が、不足している、この先間違いなく不足する予定を説明された。
突然午前中の暇を言い渡され、自然と言えば聞こえは良いが要はクソ緑の中に建てられた所の中庭の大きな池をくたびれた体で眺める。思えばこのベンチに座る事など今までなかった。
云十年前、設立時の依頼人の趣味で付けられた池はきちんと水が循環しているらしく、遠くの方で筒から水が注がれているのが聞こえる。空調のない空気は水気が多く、そういえば夏が近いのを。池に浮かぶ蓮蕾と結びついて夏に咲くのだなと遅くも知った。......だがそれすら気鬱な現実にどうでもいいと追い払われてしまう。
もうすぐ手が届きそうだった研究は、逃げ水のようにこちらの息が切れるのを待っている。この池のように目の前に留まってはくれない。
胡散 470文字