第28回 夏至の章

2022年06月16日

お題:掛け違い、パチンッ、夕凪

シチュ:窓辺


バタバタと強い風が窓に吹き付けている、ガラスが割れないか心配になりながら、

苦めのコーヒーに氷を入れ、多めのザクロシロップを入れる。

ほんのりとくるザクロの甘さが苦いコーヒーと相まってより一層おいしく感じさせる。

祖父から譲り受けた海辺の別荘は良い感じに古びていて

古風な窓や変えたばかりの畳の香り、透かしガラスの花の模様、

すべて私の好みである、祖父もこだわって建てたと言っていた。

どこか好みが似ているのかもしれない、祖父はもういないが

大切にされてきたというのが伝わってくる。

くれ縁に家具屋で買ってきた小さな机と椅子を置いて

冷蔵庫から小さい饅頭を小皿に2個取り出し、

先ほどのコーヒーを持って机に並べる。

優雅に眼前に広がる水平線を見ながら、氷をカランカランと回す。

鼻腔をぬける香りを楽しひと時目を瞑る。

そういえば読みかけの本があったな、と鞄を取りに立ち上がると

ふと上着のボタンが掛け違いしているのに気付く。

誰も見ていないとはいえ少し恥ずかしさを感じながら、

いそいそとボタンを正しい場所に戻していく。

ふふっと笑いながら戻し終わった上着を整え鞄まで駆け寄っていく。

がさがさと鞄を漁るが目当ての本が見当たらない、

どこに置いたっけ。と

思考を巡らせる、昨日和菓子屋で饅頭を買った後、

近くの公園で少し本を読んで、その後鞄に直し家に帰ってきて、

玄関で靴を脱いだ後、自室に行き鞄は机の横に、投げやっ、、、た。

一旦自室まで行ってみることにしよう、

あぁ、と過去の自分を叱咤したくなる。

鞄を投げた際に飛び出たであろう本は

無惨な状態で床に寝ており、ページは折れてしまっていた。

大きめのため息をつく、自分の雑さ加減が嫌になる。

本を拾い上げ、折れた部分を指でぐっぐっと整える。

いそいそと戻り、やっと本を読み始める。

少し暗いと感じ、パチンッと電気を付ける、

ふと外を見るとさっきまで騒いでいた海が沈黙していた、

さっきまで吹いていた強い風は止み、太陽が沈みかけた橙色の海は夕凪を覚え、

どこか哀愁を漂わせている。

同じ景色を祖父が見ていたであろうと思い、心臓がきゅっとなるのを感じた。

すこし薄まったコーヒーを喉に流し込む。

祖父との思い出が残ったこの家は海沿いにある。

磯の香りと、イ草の香り、そしてコーヒーの香り。

すべて好きなもので溢れている。

20××年7月、大型地震の影響により津波が発生。

一部地域は津波の影響により土地ごと流される事態となった。


touhukan 999文字


無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう