第28回 夏至の章

2022年06月16日

お題:掛け違い、パチンッ、夕凪

シチュ:窓辺


いつも日が落ちてから起きる。夜が活動の大半を占めているからだけど、必要な睡眠時間を考えれば日中に起きることはできるだろう。けれど体がきっかり太陽を避けて起きるので、多分昼間が好きじゃないだけなのだ。もしくは、青い空が好きじゃない。

そうやって、空に赤が差し始めてから閉めっぱなしだった窓を開けた。寝間着を脱いで、窓辺の安楽椅子に放おった。ぼんやりと黒い筒のようなワンピースに袖を通して一つ一つ釦を掛けていく。洗濯する時に全部はずしてしまうから、一々掛けなくちゃいけないのだ。それに襟から裾まで十個はあるから、最初の方は安楽椅子に腰掛け下からつけながら、途中からは立つことになっている。

あ。と声が古ぼけた床に転がった。釦を掛け違えてしまっている。一体どこから、つとつと手繰ってみると、襟の上から三番目で布がたわんでいた。ほとんど毎日していることなのに、なかなかどうして......。魔法が使えたらどれだけいいだろう。襟元だけくつろげて窓の外を見れば細い溜息が糸のように逃げていく。空はすっかり朱く、雲もなく。裾一つ、髪の一本もいたずらに揺れることがないのにも気付かなかったのは風がなかったからだとようやく思い至った。夕凪だ。空調を必要としないこの部屋で、肌に温度を教える風が今日は吹いていない。だからぼんやりして、釦を掛け違えてしまったのかな。釦を三つ直す頃には、沈む太陽はとろとろ融けながらさようなら。紫がかってもうすぐ夜になる。今日の星はよく輝いて仕事を助けてくれるだろう。

開きっぱなしで虫の一匹も入って来ない窓辺の安楽椅子に腰掛けて、裸足の爪先だけを桟から、境界より外に出した。それからベランダに吊り下げられている、深い夜風で染められた、砕いた星の煌めく踵を横目で見上げ。呼んだ。

「起きて。夜が来た」

そうすれば暗くなっていくほどに浮いてしまう白い裸足は、静まった空で覆われる。

両足を軸に勢いをつけて窓をくぐり抜けて立っても、足はベランダのコンクリートを踏まない。

さっきまで風の一つも吹いていなかったけれど、今はこの一足から囁いていた。

もう一度、冷めた夜の中で溜息を一つ。窓辺を超えたら魔法が使えないと、釦の掛け違いも直せなくて困る。

見上げた先で、予想通り星はよく輝いていた。よかった、きっと今日の空はよく泳げるだろう。

パチンッ、指を弾いたら、もう星の海の中にいた。


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