第30回 立夏の章
2022年06月16日
お題:藤、渋滞、汗がとまらない
今年は関係者以外入れないから、と酒の勢いで握らされた許可証の先は山の中腹にある藤棚だった。
朝から良く晴れていたとは言え、街風すら涼しく山は肌寒いだろうと思っていたのに、夏日である。駐車場から入口までの道中を歩いただけで汗がとまらない有様で、許可証と愛想笑いを燦々の下に差し出し、世間話を終わらせ坂を登る頃にはひたすら足元を見つめていた。
坂を登りきって小さな橋と青紅葉の門をくぐる。隙間から見えていた日陰のベンチにばかり気をとられていた目が開けた先で奪われた。
波が。藤波が、この目の一面とばかりに空から垂れて揺れている。
あの高く青く嫌気すら差していた青空を覆って、薄紫の花が群れて、群れて、今が盛りとばかりに渋滞している。草原の優しく繁る緑に藤の揺れる影が落ちて露を受けているよう。日差しを浴びる棚から垂れて揺れる先まで、赤みの色が涼しげに抜けて薄い青紫になっている。
気付けばベンチに腰掛けて、きらきら光る波を見つめていた。
usan 411