第32回 梅雨の章

2022年06月16日

お題:水溜まり、朝まだき、そよ風


朝まだき、目が覚めて喉が渇いたから台所で水を飲んで、空気を入れ替えようと網戸ごと開けた。褪めた青が紫じみながら薄白い桃色に染まって行く。吹き込んだ風が薄着の体を撫でて冷ましていく。地平線へ近付くほど襲を濃くして果実を煮詰めた気配が向こうからやって来る。まだまだ夏は先なのに、桃が食べたくて仕方ない。手のぬるいグラスからまた水を飲んで誤魔化した。  裸足でフローリングを踏み留まったまま開ききった窓の框に凭れかける。まだ眠っている街の上に、夜の間に降ったらしい水溜りがのびのび輝いている。暮れて締め切ってからこっち、一人の声にだけ集中していたから。  桃の匂いでもしないかと湿気だけ嗅いで空を見ていた視界に、腕が回り込んで窮屈になる。 「起きたの」  背中に触れる数時間ぶりの体温はちゃんと部屋着を引っ掛けてきたらしい。 「まだ寝てようよ」  コップを攫った手に任せてまた空を見る振りをする。今はそよ風もただ通り過ぎるばかり。


usan 406


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