第33回 梅雨の章

2022年06月16日

お題:ざあざあ、紫陽花、冷えた身体


濡れ縁に横たわってつけた片耳にも地面を叩く低い音がする。前下がりの瓦屋根を伝って滴る雨粒の向こう、霧に紛う小雨の紗の奥で背中を待っている。  伸びるままにした紫陽花の群れに向かって動かす片手の花鋏が、曇天の薄暗い下で時折一際明るく輝いている。ざあざあと身に染む中にしゃきりと可い音が混じるのを、今更数えておけばよかったと思った。ぼんやり眺めていた背中が振り返る。 「あれ、いたの」  縁に静かに垂れていたのを認めると、意外そうに伏せ目がちが開かれた。待っていた癖、移り気の目は振り返った腕に溢れる大小様々の花に惹かれた。  薄紫、甕覗のような水色に、瑠璃のような鮮やかな碧、桃に似た白斑の薄紅。腕の中にあるだけで、どうしてこんなに宝石のように見えるのか。  濡れた片手が一輪を抜いて伸び、耳の横に柔らかい物が乗る。薄く薄く緑がかった白。 「冷たい」  そう言うと、花と鋏を放った冷えた身体が被さってくる。楽しんでる気配を唇で感じた。


usan 409


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