第37回 清明の章

2023年05月25日

お題:視力、忘春、憂う  


目を開いたとて見えぬ光がある ぼやけた脳の中の一文がハッキリと哀れみを持って浮かび上がった 視力を失ったのは2年前だ 徐々に暗くなっていく視界が少しづつ己を失っていくようで身体すらなくなるのではないかと恐ろしかった記憶がある 今では明るくなくとも触れれば何であるかを当てることくらいは容易だ 慣れた場所であればもがかなくても見えているかのように歩き回れる 一日の始まりにはカーテンを開くのが習慣だ 近づけば陽の光で布地は暖かくなっており冬の終わりを肌で感じられた 天気が良いのだから今日は窓を開けてみよう 冬の頃であればなかった思いつきにほんの少しだけ心が踊った きっとこれが春なのだろう 解放した窓からは陽気な風が流れ顔を、身体を通り過ぎていく、ああ、春の匂いだ_______。 記憶の中ですら忘春してしまったこの季節をもう一度この目で、そう願ってしまうのがやめられない いつ何時も憂いは晴れないけれども今日を生きている 

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