第46回 十三夜の章
2024年11月07日
お題:焼きたてのクッキー、宵の明星
息を切らしながら緩やかな坂道を駆け上っていく、海岸線沿いの道は秋の寒さで、夏とは違うツンとした潮の香りが高い空をさらさらと泳いでいる。はっと息を吸い込み、また吐くと肺へと酸素を送る。なんども繰り返すと肺の中いっぱいに潮の香りが満ちるのがわかる。身体の内側に結晶ができるのではないかと思い始めた頃、ようやく目的地へとたどり着いた。山の上ではただ土と葉の香り、そしてなぜか甘いバターの匂いがしている。荒い息を整え、乱れた制服を軽く整えると「Venus」と書かれた看板の店へと入る。途端、先ほどよりも濃厚なバターの匂いがした。「あら、いらっしゃい丁度焼けたところよ」金色にキラキラと輝く髪を後ろで軽く結んでいる女性が鉄板の上に並んでいる焼きたてのクッキーを熱を冷ますように網の上へと移動させていた。焼きたてのクッキーを幾つかもらい、テラスにあるベンチへと腰を掛ける。太陽の沈んだ西の空の上には宵の明星がいっとう輝いていた。
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