第7回
2018年08月31日
お題:月下美人の強い香り、雪山
445文字 オーバー
前人未到と言われた山を踏破した先で、雪の中に咲く花を見た。
初対面ばかりの面々と隊を組む事は登山家には珍しくない。それでも事前にメンバーの名前や経歴をそれぞれ知っていた程度には登り慣れたイオピニストの集まりだったし、今回無事下山までこぎつけたのは相性も良かったからに他ならないだろう。
開かれたベランダの窓から吹き込んでくる風に髪を揺らされながら、網戸越し、月光に照らされた花を眺める。
デスゾーンと呼ばれた、人間の生命活動そのものに支障が出始める標高に突入してから最後の、登頂前夜の事だった。
その晩は快晴無風、雪もない夜だった。次の日がどうなるかはわからないが、どうかこのまま穏やかでいてくれと願いながら、大きな満月に照らされた雪原を見ていただった。
感覚もなくなりそうな場所に強く、柔らかな匂いがしたのだ。誘われるように目を遣った先にあったのは、雪のように白く咲く花。
ベランダの鉢の中で咲くそれが今、同じ香りを運んでくる。
あれは確かに月下美人だった。けれどこの花は寒さに弱かったはずだが、さて。